母語運用能力のみがき方



  大事な点は、受験対策トレーニングで身についた国語の得点力は、これから先の人生で必要になる読み・書きの力とは違うということです。受験対策では限られた時間内で正答にたどりつくためのノウハウが求められます。このマルチプル・チョイス型の設問で正答を選ぶ技能は、今後必要になりませんし、この技能は本当の国語力とは違うものです。
  コミュニケーション能力が大事とよく言われますが、相手の語ることをしっかりキャッチし、自分が考えていることを相手にしっかり受けとってもらえるように投げることが、根本です。「医の倫理学」の授業を23年続けてきて、経験していることは、ポイントをおさえながら教科書を読むことがなかなかできない、筋の通った文章を書くことがなかなかできない学生が増えてきているということです。難しい入試を突破してきているというのに、です。入試対策に必要な小手先の技能は身につけていても、あるいは国語以外の教科の得点で総合点を押しあげることに成功していても、読み書きの本当の力が不足していると、これから先困ることになります。患者・家族・同僚の発言を正しくつかみとれなかったり、相手に自分の話を正しく理解してもらえなかったりするからです。こうした力の不足が、まずは「医の倫理学」を履修する過程で露呈してしまうというわけです。
  試験で低得点の場合、国語力の不足がそのもとになっているとおもわれる例を多く経験しています。しかし、「医の倫理学」の授業時間を国語力アップのために使うことはできません。ですから、国語力に不足がある・自信がない学生のみなさんは、ご自身の国語力のレベルに応じて、自習していただく必要があります。国語力補強のための自習をしないでいて、何をどう勉強したらいいかわからないと嘆く声を耳にすることがあります。そこでもう一度、繰り返します。国語力をあげるための努力を惜しまないでください。
  大学生になった時点で国語力に不足がある場合、学習することなしに国語力が自然にあがることはまず期待できません。何の努力もしないで英語のリスニング力が自然と身につくことがないのと同じです。専門科目が増える上の学年にあがってから、医師になってから、国語の学習をすることは容易でありません。新入年度のうちに学習を開始することをお勧めします。単に「医の倫理学」の成績が上がるだけでなく、医師としての職務を果たす上で大きな力になります。
  自習が困難な場合は、通信添削を利用する、国語の学習塾・家庭教師を利用する、という方法もあります。経済的に余裕がある場合は、こうした先生の個別指導を受ける方法はとても有効だと思います。そこまでお金をかけられない場合には、成書を購入して自習することが第一選択になるでしょう。
  以下に、いくつか成書を紹介しておきます。一人ひとりの国語力は違いますから、これ!という一冊をお示しすることはできません。それに、ここに挙げられていない成書はよくないのだと思わないでください。(国語教育を専門にしているわけでない)当講座の教員によるサーチは完璧ではないからです。実際に本を手に取り、数頁読んでみて、自分に合うかどうか確かめていただくことが重要です。


語彙力をつけるために
梅澤眞由起『現代文重要キーワード書き込みドリル』旺文社, 2018
Z会編集部編『現代文キーワード読解』, 2015
斎藤哲也編著『読解評論文キーワード 改訂版』筑摩書房, 2020
中山元『高校生のための評論文キーワード100』ちくま新書, 2005
前田安正『ヤバいほど日本語知らないんだけど』朝日新聞出版, 2019
   *
矢野耕平『13歳からの「気もちを伝える言葉」事典』メイツ出版, 2019
話題の達人倶楽部『大人の言い換えハンドブック』青春出版社, 2018
齋藤孝『こども語彙力1200』KADOKAWA, 2018
齋藤孝『大人の語彙力「言いまわし」大全』KADOKAWA, 2018

読む力をつけるために
野矢茂樹『 増補版 大人のための国語ゼミ』筑摩書房, 2018
宮川健郎『物語もっと深読み教室』岩波ジュニア新書, 2013
澤田英輔・仲島ひとみ・森大徳編『中高生のための文章読本』筑摩書房, 2022
遠藤嘉基・渡辺実『現代文解釈の基礎〔新訂版〕』ちくま学芸文庫, 2021
遠藤嘉基・渡辺実『現代文解釈の方法〔新訂版〕』ちくま学芸文庫, 2022
石黒圭『文章予測 読解力の鍛え方』角川ソフィア文庫, 2017


書く力をつけるために
小池陽慈『一生ものの「発信力」をつける 14歳からの文章術』 笠間書院, 2020
慶應義塾大学日吉キャンパス学習相談員『学生による学生のための ダメレポート脱出法』慶應義塾大学出版会, 2014
松浦年男・田村早苗『日本語パラグラフ・ライティング入門』研究社, 2022
田中草大『#卒論修論一口指南』文学通信, 2022
   *
本多勝一『〈新版〉日本語の作文技術』朝日文庫, 2015
本多勝一『中学生からの作文技術』朝日選書, 2004


番外編  聞く・聴く
東畑開人『聞く技術 聞いてもらう技術』ちくま新書, 2022
高橋和巳『精神科医が教える聴く技術』ちくま新書, 2019